クルーズ船に再乗船するまで

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再乗船の日が決まった。
胃腸炎で緊急下船してから、1年後だった。

やっと完全回復が認められて、ほっとした安心感と、
やっとだよ!って言うやれやれ感と、
休養手当である給料が支払われなくなる恐怖感と、
1年後までの仕事を見つけなければならない焦燥感が
一気に私を襲った。

休養手当は最大3ヶ月までの支給だったこと、
プリンセスクルーズに指定された病院の検査たちはまず自費だったことから、
手当て期間にも短期でアルバイトをしていた。

アルバイト先は過酷で手取りのいいものだったので、
一年続けられないな、と思った矢先に仕事中にずっこけて、捻挫した。
そのまま退職した。

下船したての頃より、精神的にかなり落ち着いていた。
次が決まったことは大きい。
とにかく1年後の再乗船日には、クルーズ船の生活に戻れる。

私はとりあえずのパートタイムで働き始めた。
せっかく陸地にいる間にしたいことがたくさんあった。
ブログ・動画の制作も頑張った。

四季を存分に楽しむ

この一年は、特に花を見た一年だった。

四季折々、特に春から秋にかけて、様々な花を見に車で走り回った。

お花は好きだけど、クルーズ船に乗っている間はお部屋に飾ることができない。
窓がなくて陽があたらないし、水替えする暇もないから。

それに、初めてのクルーズではアジア周辺を回っていたので、
熱帯地域の真夏をぐるぐるクルーズ船で回っていて、
お花はたまにしか見かけなかったし、
休憩時間の外出なので、花が有名な観光地までの遠出はできなかった。

日本で、桜、菜の花、ひまわり、バラ、藤など植物園や一般開放された個人のお宅まで訪ねた。

海外に行くたびに、日本の良さを発見する。
四季が美しいね。

友達の影響もあって、たくさん写真を撮って、動画も撮った。

胃腸炎で下船しなければ、得られない時間だった。

家族に会う

クルーズ船に一度乗ったことで、
大切な人に会っておこうと思った。

今度の乗船では、うまく半年乗り切るだろうから、
今のうちに家族に会っておこうと思った。

特にお母さんには、
クルーズ船に乗って、会いに行く予定だった。

それが流れてしまったので、
お金を貯めて、会いに行った。

休養手当は、なんとなく使いたくなくて、
パートタイムで一生懸命働いて、ちょっとだけ余裕ができた。

母はすごく喜んでいた。

久しぶりすぎて、ちょっと老けたなって思ったけど
仕事の電話をしたり、
おすすめのパン屋さんに嬉々として連れて行かれたり、
思ったよりまだ若くて元気に溢れていた。
私に会ったから、はしゃいでたのかもしれないけど。

クルーズ船の話は、乗る前も、降りる時もしたので
母の話をたくさん聞きたかった。

最初の夜は布団を横に並べたら、
話が尽きなすぎて、気がついたら朝になっていた。

ふたりともおかしいくらいしゃべってた。
2時くらいでどうする?ってなったけど、
結局心ゆくまで話し、次の日の予定をキャンセルしてお昼過ぎまで寝た。

修学旅行みたいで楽しかった。

母と思う存分一緒に過ごそうと、
2週間近く実家に泊まったが、
意外とやることがなくて暇だった。

仕事を探したり、船乗むむのコンテンツを作ったりしてると、
引きこもりみたいだった笑
慌ててカフェや図書館、散歩に出かけたりした。

でもこの時、母と過ごせて本当によかった。
それから、なかなか長い時間過ごせていないから。

トラウマに挑戦したパートタイム

私は、クルーズ船に乗る前はパティシエでした。

小さい頃からの夢で、クルーズ船でもパティシエになるつもりでした。

でも、専門学校を死に物狂いで卒業して、
待っていたのは超ブラック企業のホテルだった。

働き方も、給料も最悪だったし、
何より辛かったのは、食品ロスだった。

辛い辛いと仕事に行って、作ったものを全部捨てる日々が続き、

お菓子を作ることが嫌いになりそうで、
同僚も先輩も、シェフもみんな嫌いで、
食品を捨てるということが、トラウマになった。

それで、辞めた飲食のお仕事。

クルーズ船を緊急下船した私は、なんでもできるかも、と言う謎の自信があって。

全然違う仕事に応募したショッピングモールで、
私の経歴を見て、
お菓子作りの部署に入ってくれないか、とお願いされ。

もう一度傷つくのか。

それとも取り戻すのか。

一年という期間限定で、
立ち上げたばかりの誰もいない部署で、
私の単独公演、ワンオペの現場。

できたばかりの厨房を見て、やってみようと思えた。
1週間くらい考えて、承諾しました。

結局、パートタイムとしてこの部署には入って、
たくさんの食品を捨てました。

ショッピングモールに付属するスーパーの、野菜と果物の部署に付属するお菓子の部署。
腐ったスイカも、腐ったキャベツも大量に捨てました。

私が作ったお菓子が、どのくらい売れ残って、
どのくらい捨てられているのかはわからなかった。
でも、わからないと言うことに安心した。

野菜や果物は、私が作ったものではなかったし、
食べられる状態のものは捨てていなかった。

ただ、発注のしすぎとか、台風の影響による流通の乱れとかで、
商品棚にも並ばずに腐っていく、
野菜と果物を見て。

農家さんのことを思いました。

クルーズ船で働くのと同じくらい、やりたいこと

パートタイムを辞め、
残りの半年を留学に使うことにした。

「留学」と自称するこの旅は、

農業体験をすること。
食べ物の生まれるところ、食べ物が土に帰ること(コンポスト)を知見すること。
ベジタリアン・ビーガンを先進して見ること。

私がクルーズ船の他に、どうしてもやりたいこと。
食文化とか、食品ロスに向き合って、学び、考えること。
(ただし、この道は、痛くて辛い。)

クルーズ船に初めて乗った時、
全然英語が通じなくて困ったし、
英語学習にもなって一石二鳥!

急に思い立って調べたら、ロンドンまで片道5万円だった。

なぜロンドンなのか?

ロンドンには、私の大切な人がいた。

誰もに付き合いを反対されるような、、、自由な人だけど、
私は惹かれていたし、まだ若いんだし、溺れるくらい熱心に追いかけたくて。
私と何もかもが違うから、私が見るはずもなかった景色に連れて行ってくれる人。

私のクルーズ船で働くことと同じくらいやりたいこと、
大切な人と一緒にいること。

同じものを見て、同じものを感じて、
知ったことを教え合って、話し合いたい。

この旅は無謀だし、
お金がすごくかかるし、
突然の決断だったけど、
人生の糧になると確信してた。

ロンドン

正直言って、すばらしかった。

続く。。。

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